0. 朝日の中へ駆けだした 


黒いマントをすっぽり被った彼女の姿は、漆黒の夜闇にまぎれていた。
透き通るような黒の夜空を見上げれば、満天の星空、そして月。

パチン、と指を鳴らせば、ぎゅるりと視界が歪んで回り、
眺めていた星空は霧でなにもみえなくなっていた。
ただ月だけが、靄がかってぼんやりと明るさだけを示す。



「なんだかイギリスの夜は、いつも天気が悪いわね」



一人事を呟き、目の前にそびえ立つ豪邸の呼び鈴を鳴らす。




ガチャリ、とドアを開けた男は、目を細めて「誰だ?」と尋ねる

「やぁね、杖、しまってちょうだい、私よ」

スルリとマントを脱ぐと、銀色の髪と薄紫色の瞳が顕わになる。
男は口角をあげて頬笑み、杖をしまうと、女の鞄を持ち上げる。

「入れ」
「お邪魔します」





男に促され、部屋に入る。

「あぁ、着いたのね!!!!!」
「シシー!!!!」

シシー、と呼ばれる女性は女を見るなりハッとした顔をして抱きしめる。

「久しぶりね、元気だった?…こんなに大きくなって…」
「シシーったら、まだ1年しか経っていないわよ」
「ナルシッサ、を座らせてやりなさい。長旅で疲れているだろう。」
「あら、ルシウス、私姿現しで来たから、そんなに疲れていないわよ」


「いいから座れ」と言われ、私はテーブルにつく。
そこにすかさずしもべ妖精が飛んできて紅茶を差し出す。






「それで、ルシウス。」

紅茶をすすりながら話を始める。

「次はどんな内容の仕事なの?」




もう汚い仕事はなるべくしたくないわ、と眉根に皺を寄せて見せる。




「案ずるな。今回は長期的な仕事になるが、人の"死"は絡んでこない」

最後に「おそらく、だが」と言いルシウスもまた紅茶をすすりながらニヤリと笑った。



「だいたい予想はついているわよ、ルシウス。なんてったって今日は8月最後の日ですからね。私にホグワーツに潜り込め、って話でしょう?」
「察しが良いな、相変わらず」

ふっと軽くほほ笑むルシウス。

「でも、私がやる必要ないんじゃない?ポリジュース薬でいくらでも子供になんてなれるわ」


そう言ってクッキーをかじる私をルシウスとナルシッサはチラリ、と見る


「ルシウスがあの方にあなたを推薦したのよ」
「なんで?まぁこっちとしてはあんな汚い仕事より全然マシだけど…」

つい昨日まで就いていた任務はお世辞にも「綺麗な仕事」とは言い難いものだったからこの件はありがたい話だったのだ。

「ナルシッサがドラコを心配してねぇ…」
「あなた!!」

ぽっ、と頬を染めるナルシッサ

「あぁ、ドラコも今年入学なのね。でも、ダームストラングじゃ…?」

とたずねかけたところで、ルシウスは苦笑いをしてチラリとナルシッサを見た。

「なるほどね〜。シシーったら、心配性なんだから!」

もう!とルシウスを睨んだナルシッサは頬を染め、俯いてしまった。




「それに…」

私がナルシッサをからかっていると、ルシウスが咳払いをして話しを始める

「"あの術"の完成度を確認できるであろう?」
「そう、ね。あれが完成したら…ふふふ。」












「ところで」

話に花が咲き、気がつけば時計は4時過ぎを指している。

「ルシウス、あなた、私の入学許可証は?」
「これだ」

"レアリー・ベッカー様"と書かれた入学許可証は、数年前に自分に送られてきたものと同じような内容がつらつらと書かれていた。

「ルシウス、あなたどうやって魔法省のお偉方を言いくるめたの?」
「一捻り、といったところだ」

にやり、と口角をあげたルシウスを見て、私は笑った。




「キングズクロス駅、10時30分だ。寝坊はするな。」

「わかってるわよ。それじゃあまた明日。おやすみなさい」



パチン、と玄関先で指を鳴らせば、またぎゅるりと景色が変わり、
着いたところはノクターン横町のとある宿。

「2回目の入学って、なんだかわくわくするわね」



私はそう思いながらチェックインを済ませたのだった。
少し埃っぽい部屋も、気にならないくらいの高揚感が私を包んでいた。









大きな鞄を取り出して中身を詰め込む。

「ネクタイは、現役時代ので良いわよね」

るんるん、と荷造りを終え、最後に残ったのは一つの写真立て。
私はそれを見て大きなため息をつく。



「私が術の完成度を証明してみせるわ」

指で写真をなで、一人つぶやく。

「だから、生きていて、ベラ…」



写真の中では、まだ年端もいかない幼いころの私とベラトリックスが、肩を組んで、ニィ、と笑っている。




その写真を丁寧にハンドバックの中に入れ、大きな鏡の前に立つ。
映るのは、銀色のセミロングと、薄紫色の瞳。
私は杖を取り出し、自分のこめかみに当てた。


みるみるうちに背は縮み、髪はミルクティー色に、瞳は碧に変わる。





「11歳のころ、こんなだったかしら?」

自前の直毛にウェーブをかけながら、独り言を発する
太陽はもうすでに顔を表していて、目を細め、背中をぽりぽり、と掻く。


「あ、やだ、忘れてたわ」

私はトップスを脱ぎ、腕の"印"と背中のバラの刺青を消していく。














「完璧じゃないかしら、これ!」

そう言って鏡の前でくるり、と回った私は、重たい鞄をひっつかみ、朝日の中へ駆けだした。


(鼻歌交じりに指を鳴らせば)
(ほら、そこは)(旅の出発点)(キングズクロス駅よ!)




2010.1.4 shelly