10.  「ちょっと、ドラコ!」

自分のジャケットを私にかけ、手を引いて中庭へと歩きだすドラコ。

「どうしたの?もう一曲くらい踊りたかったわ、私。」

噴水が冷たい水しぶきを上げている。




「レアリー、君は僕に何か隠していないかい?」




私は言葉が出なくなる。
どんよりとした濃い灰色の空からは、綿ぼこりのような雪がしんしんと降ってくる。
あたりは急に静かになったようで、遠くから聞こえてくる音楽がやけに大きく聞こえた。



ドラコは黙ったままの私の両手を握る。
ドキン、と心臓がまた跳ねる。
急いで手を振り払う。


「え、何、どうしたの―――」
「僕は、さっき――――君の腰にバラの入れ墨を見たんだ、これは僕の見間違いかな」

サーッと血の気が引く。
なぜ入れ墨が消えていないの?
もうあの魔法もわたしの体には限界なのかしら…?


ゆっくりとドラコが私のベルベッドのグローブを外す。
腕には、ぼんやりと、しかしはっきりと、あの"印"が浮かび上がっている。


「っあ…」
「ほら、ここもだ。」


パシッ、と私は掴まれていた腕を振り払う。


「校長も見ていなかった。君のバラを見たのは僕だけだ。」
「だから腰に手を…隠すために…」
「なぁ、レアリー、君は、なのか?」





月の光が私たちを照らす。
ジリジリとドラコが言い寄る。
アイスブルーの瞳は私を捕らえて離さない。逃げられない。

トン、と壁に背中が当たり、冷たさが皮膚越しに突き刺さる。




「私がもし、そうだと肯定したら、どうなるの?」





初めから決めていた。
バレた暁には相手が誰であろうと忘却術をかけると。
これはベラトリックスのため、あの方のためにやむを得ないことだと。



「僕は―――――」




私はそろり、と杖に手をかける。
そして視線をそらす。
そのアイスブルーの瞳だけはまっすぐ見れない、見たら決意が揺らいでしまう。


本当はドラコに忘却術なんかかけたくない。
むしろ、自分がレアリーではなくてである、と知ってほしいとさえ思っていた。

(だけどそれは、許されないこと)









「僕は、悩まないで済むようになるだけだ」









思わず「え」と意表をつかれた。



「君は、なんだろ?」
「………そう、よ」



杖にかけていた手はいつのまにか握られていて、
月の光に照らされた私は、気がつけばドラコの腕の中にいた。



「話せよ、全部」



耳元で、ぼそり、と囁かれる。
だめだ、と思っていても、頭を撫で続けるドラコの温かさに安心してしまった私は、ついに全てを話した。



この術はベラトリックスがあの方のために発案した術であること
そして術の出来を証明できたら、ベラトリックスのあの方への忠誠心を皆に示せると思ったこと

キングズクロス駅で初めて会った時から、私はであったこと




全部話し終わっても、ドラコは何も言わなかった。


「怒っているでしょうね、当たり前だわ」

出会ってから4年間もだまし続けてきただなんて最低だよね、と自嘲気味に笑う。


「いいのよ、嫌ってくれて。悪いのは私だわ。でもこれが、私の仕事だったの」

少し、ドラコと距離を置く。

「そしてそれはこれからも続けなきゃいけないの。体力が残っているかぎりね」

それが私の職業なのよ、とほほ笑んで見せる。
ごめん、と謝って、私はその場を後にしようとしたが、それをドラコは許さなかった。








「気付いてあげられなくて、ごめん」
「何でドラコが謝るのよ。4年間だまし続けたのは私よ?」

そう言ってドラコを見上げれば、なんだか複雑な顔で私を見つめ返してくる。

「そろそろ会場に…」




グイッ、と引かれ、気がつけば、唇を、重ねていた。



空からは雪がしんしんと降りつづけていて
頬を伝う涙に雪は溶ける



「んっ……ドラ…コ…」

ゆっくりと唇が離れる。








もう一度ドラコが私の名前を呼ぶ。







「好きだ」







また涙があふれ出す。
速度を増した鼓動も、温まっていく心も、もはや気付かないふりはできなくなっていた。







もう一人じゃないよ、と
孤独に悩みを抱えなくていい、と

その言葉が嬉しくて
恥ずかしくなって
なんだかむずがゆくて


ギュッと抱き寄せる彼の背中に手をまわしてみた。








(雪は、まだ止まない。)