14.
「ところで」
ひとしきり泣いて、いつものあの傲慢なベラに戻ってきたころ。
鼻をずずず、とすすった彼女は私の方を向き直る。
「体は、大丈夫かい」
「実はベラが脱獄したって聞いたら、もうかからなくなっちゃって」
でも体は平気、と言うと、ベラは少し表情を緩めた。
「でもごめんなさい。私、証明できなかった。」
「何言ってるんだい。5年間よく耐えたよあんたは。
その魔法は基本的に一度かけたらそのままにするように考案してあるんだからね」
何しろかけたり解いたりを繰り返したら、リスキーなんだよというベラは私の肩をさする。
「だけどあんたのおかげで、感情にだいぶ帰依してるってことがわかった。ありがとね」
ちょっとだけ笑顔を浮かべたベラを見たルシウスが物珍しそうな顔をする。
「ベラトリックス、お前は心配性の母親みたいだな。いつからそんな慈愛に満ちた顔をするようになったんだ?」
「うるさいね。」
顔をしかめたベラがルシウスにつっかかりだしたので、私は新聞をパラリとめくる。
「顔写真も載ってるし、これじゃあ堂々とは外出できないわね」
"ホグワーツに・ 5年間の潜伏"
"ダンブルドアの目は節穴か?"
と、一面に書かれているのをみてナルシッサがため息をつく。
「ねぇねぇシシー、これ私が"本当に"学生だったころの写真よね?」
「そうじゃないかしら?あなたが写真を撮られたのってこの1回だけだと思うわ」
「だったらすごくない?!ベラの術って本当に年をとらないんだわ!」
くふふ、と笑って新聞を読むを、ナルシッサは呆れたように見たのだった。
私は学校を脱走してから数日間、ベラにべったりくっついて離れなかった。
ベラはそれを嫌がりもせず、むしろ歓迎しているように見えたので、それに甘えることにしたのだ。
朝起きておはようを言い、朝食を一緒にとり、紅茶を片手にゆっくり談笑し、
昼食を食べ、ティータイムを過ごし、夕食を済ませたら、ワイン片手に夜遅くまで話をした。
ずっと私が求めていた生活を、ここ数日間は過ごすことができたのだ。
ベラに会いたい、ベラと話がしたい。
そう思い続けてきたのは私だけではなく、シシーもそれだった。
ルシウスが呆れるくらい話をしたし、自分たちが死喰人だということを忘れかけてさえいた。
しかし、そんな生活をずっと続けられるわけもないのが現実だ。
帝王との謁見を翌日に控え、ルシウス、ナルシッサ、そして私は緊張していた。
そんな中、ベラだけが帝王との謁見に心を躍らせていたのだった。
そしてぼぅっと夕日を眺めているうちに、私はハッと思い出す。
「ドラコは、今、どうしているのかしら」
ベラに会えた喜び以外のものをどこか遠い地に置いてきてしまった感覚になっていたが、
数日前までは確実に「身近」であったもののことが心配になった。
だけど今の私が世の中を歩き回れるはずもなく、ドラコに会うことなど不可能であった。
せめて手紙だけでも出そう、そう思った時、私の部屋にノックの音が響く。
「はい」
じんわりにじんでいた涙を拭ってドアの方を見ると、ルシウスが立っている。
「どうしたの、ルシウス?」
「謁見の時間が早まった。行くぞ」
心の準備ができてないと騒ぐ余裕もなく、私はルシウスの後に続いたのだった。
「レアリー・ベッカーだっけ?あいつ最低だよな」
「ほんとほんと、今まで同じ屋根の下にいただなんて、最悪」
グリフィンドール生があの事件以来、レアリーのことを悪く言いだした。
スリザリンの中ではあまりそういう話は聞かなかったが、グリフィンドールのそれは酷いものだった
ドラコはいつになくイライラしていた。
ポッターやウィーズリー、グレンジャーがレアリーについて何か言っているのは聞かなかったが
おそらく奴らも同じ考えなのだろう。
奴らは何も知らない。
がどういう生い立ちなのか、どういう環境で育ったのか。
そして2度目のホグワーツの5年間をどんな思いで過ごしてきたか。
ぐるぐるとと一緒にホグワーツで過ごした記憶を思い出しているうちに
なんだか悲しくなった僕は、同時にそういったことを口走る奴らを殺してしまいたいとさえ思った。
アンブリッジ親衛隊に入ってからは減点が自由であるからして、
難癖をつけては奴らから点を奪ったが、そんなものでは足りないほどの憤りを感じていたのだ。
怒りの中から見え隠れする悲しさを押し殺すように、あとからあとから怒りを沸き立たせた。
(あいつには僕なんかいなくてもいいんだ、と)
(ベラトリックス叔母さんがいれば幸せなんだ、と)
(手紙が一通も来ない事実が僕に語りかけてくるんだ)
2010.2.5 shelly
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