程良い距離、しかし遠い 


最初は、全然知らない人だった。


訂正。


一方的には知っていた。










私の一つ下の彼は、入学してくるなり持ち前の美貌で急速に人脈を広げているように見えた。
何せ兄はあの"シリウス・ブラック"であったし、彼は一日に一回は話題になっていた。
スリザリンの派手な先輩たちともすぐに打ち解けて(というかうまく関係を保っていた)
派手な私の友達たちも、いつのまにか彼と仲良くなっていたのだ。

そんな彼と、私はいつから仲良くなったっけ。



「先輩、目が飛んでますよ」
「んぉ、レギュラスかぁ」

大広間でぼけっとしながらオムレツをつついていると、不意に話しかけられる。
彼の黒髪はきっちりとセットされていて、上品にナイフとフォークを握っていた。

「ねぇレギュラス」
「何ですか?」
「今日さ、談話室でお菓子パーティーしようよ!」
「また、ですか?太りますよ?」
「うるさいなぁもう!いいの、やるったらやるんだからね」

夜9時談話室、守ること!と言うと、彼はクスリと笑って「わかりました」と答えた。







「先輩、こんな時間にこんなに食べたら、さらに腰回りが・・・」
「うるさいなぁレギュラスはー。」
「僕はあなたのダイエットに協力しようとしているだけです」
「ダイエットさ、する気はあるんだけどやる気がないのよね」
「だめじゃないですか」

小馬鹿にしたようにココアをすするレギュラス。
私はむっとして「馬鹿にしないでよね」とか言いながら軽く叩く。

「でも先輩はそのままでいいと思いますよ」
「はいはい、ありがとねー」







ときどき、無性に彼を、レギュラスを、抱きしめたくなる時がある。
よくわからない自制心がはたらいて、いつもそれを制止するのだが。

今宵はどうにも止められなかった。






「ちょ、先輩!」
「レギューーーー」

ソファのスプリングを最大限に利用してレギュラスに飛びつく。
彼のローブからは、いつか私が好きだと言っていたコロンの香りがしてきて、頬がゆるんだ。

「レギュ、いいにおいするね」
「いきなりなんなんですか、先輩」
「いいじゃない」

ずっと前からこうしてやりたかったのよ!と頭をぐしゃぐしゃに撫でると、
ちょっとだけむっとした様子で、でもなんだか嬉しそうなレギュラスが私の目を見た。

それからしばらく、私たちは抱き合ったまま話し続けた。
普段はほどよい距離を保っているのに、今はそれがゼロであって、よけいにドキドキした。


「ねぇレギュ」
「なんですか」
「いなくなるなよーーー、絶対ーーーーー」


むにゅう、と掴んだほっぺを引っ張りながら冗談まがいに飛ばした台詞。
彼は小馬鹿にした笑みで私をたしなめ、もう一度強く抱きしめてくれた。

キスは、しなかった。

何かよくわからない暗黙のなにかがそこには存在していて
私はそれを破るつもりはなかったし、むしろこのまま抱き合っている方が幸せだと思った






でも、彼はやっぱり"あの"ブラック家の子で。
私と仲が良いように、私と同学年の女の子ともすごく仲が良かった。
私の友達も、知り合いも、みんな彼の美貌と才能に惹かれ、気がつけば彼は遠くにいた。

女の先輩と二人で出掛けたらしい、とか
私の親友と彼が一晩を共にした、とか

そんな話は腐るほど聞いた。
兄シリウスが露骨な女遊びをしているから弟の彼はあまりそういった面で目立たないが
それでもやっぱり、やっぱりそうなのだ。


だけど私は悲しみもしなかった。
(だって私たちは恋人ではないから)

私はレギュラスにボーイフレンドの愚痴を垂らしていたし、彼はそんな私の相談役だった。
私のわがままな考えで、「彼はいつも私といてくれる」なーんて思っていたけど現実は甘くない




レギュラスだって一人の男の子だから、女の子と遊んだりだってするのだ。

わかってはいたけれど、それでもどこか心がさびしくて
気がつけば私は彼を避けていたし、非難さえした。

そして彼は、気がつけば遠くへ行ってしまっていたのだ。










彼は、元気なのだろうか。
しっかりと彼を支えてくれる恋人がそばにいますように。
大好きな音楽と絵と読書を楽しめる環境にいますように。


そんなことを願いながら、私は今日も空を見上げる。



再会を願いながら、
涙をこぼしながら、
数年経った今も、

心が彼を求めているのは痛いくらいに感じるけれど
それでも私はあのほどよい距離のままでいたことを後悔はしていない。



程良い距離、しかし遠い






(あのとき素直に"好き"と伝えていたら)
(彼はもう少し長く、私のとなりにいてくれたのだろうか)



2010.2.12 shelly