簡略化の愛と絵 


「年齢という数字的なものに囚われてるなんて、ちっぽけな人がいるんですね。心が枯れてる。」
「僕は年上好きなんじゃなくて、好きになった人が年上なんです」

そう、彼は涼しい顔で言い放った。






彼は、私の一つ年下の男の子だった。
名前はレギュラス・ブラック。
言わずと知れた"あの"シリウス・ブラックの弟である。


彼は、多才だった。
勉強時間は少ないくせに、試験では良い成績をとってきてしまう。
音楽と絵が大好きで、いつも本を片手に持ち歩いていた。
そして、きちんとした敬語。

私は自分より年下の彼を「大人だ」と思った。
同年代の男の子みたいに浮ついていないし、かといって古びた感じもしない。
自分の世界を持っていて、繊細な少年だった。








その日、私は談話室でレポート作成のために本を読んでいた。
めったにしない、本を読むと言う行為。
活字を追うという地味な作業に私は辟易していた。

「先輩、眉間、すごいことになってます」

レギュラスは談話室に入ってくるなり私の顔を見て笑った。

「本なんてだいっきらい!つまんないよーレギュー」
「つまんなくても読まなくてはいけないんじゃないですか?」
「そうなんだけどさぁ」

代わりに読んでよ、と本を差し出すと「いやですよ」と突っ返される。
私は恨めしい顔をしてもう一度本に視線を落とした。






「レギュ」
「あ、先輩、動かないでください」

しばらくして、あまりにもレギュラスが静かなので彼を見遣ると
こちらをむかないでくれ、だとか、集中しろ、だとか、そういう言葉が降ってくる。

「何よ、もう」
「ほら先輩、ページが進んでませんよ」

私は必死に本を読もうとするが、とにかくつまらない。
同じ行を何度も何度も読んでいるのに、それでも内容が入ってこない。






気がつけば、私はいつの間にか眠っていた。
目を開けると自分のものではないローブがかけられていた。

「んー・・・レギュ・・・?」
「あ、先輩起きたんですか。あと1時間くらいで夕食ですよ」
「え、あ、午後の授業出てないじゃん!!起こしてよ!!!」
「先輩があまりにも気持ちよさそうに寝てるので、ほっときました」
「くぅ〜・・・これで私が留年したらどうすんのよ」
「そしたらもう先輩扱いしません」
「いっつもしてないくせに」

大きなあくびをして伸びをすると、背中がバキバキと音を立てた。



「あ、レギュ、それ何?」

彼の手元にある一枚の絵。

「また絵描いてたのー?見せて見せて!」
「わ、やめてくださいよ!」
「いいじゃんちょっとだけー!」


さっと彼の手から絵を取り上げると、そこには一人の女性の絵。
色彩は紫と黒を基調としていて鮮やかではないが、引きこまれそうになる絵。

「やっぱレギュは芸術家気質ね〜超うまい!」
「勝手に見ないでくださいよ」
「いいじゃない、ほめてるんだから」

レギュラスはぶつくさ文句をたらしていたが、しだいに静かになった。




「僕は、永遠なんて無いと思っています」
「レギュ?」

落ち着いた声がして、私は彼を振り返る。

「だからせめて、消えて欲しくない一瞬を、絵にしたいんです」

絵なら、絵具が剥がれない限り、永遠だから
そう言った彼は私の目を見つめている。

「この絵のモデルは、先輩です」
「え、あたし?」

本を読んでいる絵の中の少女は、どこかしら陰鬱な顔をしている
悲しいとも、恐れているとも、泣いているのでもなく、ただただうつろな目。

「眉間のしわを描き入れなかったことに感謝してくださいね」
「そんなにしわ寄ってるかなぁ、私。」

眉間をすりすり、と触っていると、レギュラスが少し顔を緩ませる。




「僕はたまに、貴女を絵の中に閉じ込めてしまいたい、と思います」




さらりと言い放ったレギュラスは、やけに清々しい顔をしていた。
私は自分の頬がだんだんと染まっていくのがわかった。




「それ、どういう意味よ」
「先輩、永遠なんてないんですよ。愛も友情も敵意も、すべて、永遠ではない」
「それは、わかったけど・・・」
「だから先輩、僕はあなたを、あなた自身を閉じ込めてしまいたいんです。
年齢にも、血統にも、時代にも、何にも束縛されることのない世界です、絵の中は」
「よく、わからない・・・」
「でしょうね」

困惑する私を見て、自嘲気味に彼は笑った。

「要するに、僕はあなたのことが好きです」




人の目も気にせず、年齢も考えないで、彼とのんびり過ごせたら
そう思ってしまわずにはいられないくらい、
彼の瞳は澄んでいて、心がトクンと音を立てた。






簡略化の愛と絵





(少しおつむが弱いあなたのために、)
(意を決して要約した愛の言葉)

(そして少年は、闇に堕ちる)

2010.2.12 shelly