そして君は僕の隣に 

僕の隣でシーツにくるまって眠る彼女は、幸せそうに寝息を立てている。
と二人、暮らし始めてどのくらいが経ったかは覚えていないけど
学生の時も、ボージン・アンド・バークスで働いているときも、闇の帝王として名を馳せた今も
普遍的な存在として僕の隣にいる彼女は、好奇心に満ちた女だ。




僕と彼女はただの同級生だったのに
なんでこんな密な関係になった?

規則正しい寝息を立てている君の頬をそっと撫でると、むぅ、とか言って彼女が動く。
相変わらず芳しい香りの髪に、小さく口付け、シーツを引き上げた僕は
冷めることを知らないこの熱に包まれながら、昔を思った。







君は、覚えているだろうか。
あの日は冬にしてはめずらしく、あたたかな風が吹いていた。


僕は朝食を済ませ、談話室へ向かう。
話しかけてくる女の子たちに、いつものように笑顔を振りまいて、談話室でくつろいでいると
ふわふわの髪の毛を手ぐしで解きながら、分厚い本を片手にそそくさと横を過ぎ去る影。
ちらり、と見ると彼女はたいそう嬉しそうに、談話室のドアを開けて出て行った。

そろそろ女の子たちとの会話に疲れてきた僕は、上手く彼女たちをかわし、出て行った影を追う。
しかしすでに彼女の影はもう見当たらなくて、僕は仕方なくその辺を歩くことにした。


吹き抜けの廊下を歩いていると、春を匂わせるようなあたたかな風が吹き込んできた。
あたたかであるが少し強いその風と、強い日射に目を細めて中庭を見遣ると、
木の陰からあのふわふわの髪の毛がちらりと目に入る。





「何やってるんだい?
「読書よ、リドル」

分厚い本は決して軽い読み物とは言えないだろうが、彼女はページをゆっくりと捲っていく。

「隣に座ってもいいかい?」
「ご自由にどうぞ」
「何読んでるの?」
「ちょっとだけグロテスクな本よ」

彼女の長いまつ毛が瞬かれて、その下の文字に目を落とせば、古代ルーン語の本だとわかる。

「へぇ、君、すごく難しい本を読んでいるね」
「んー、ちょっと難しいけれど、きっと貴方なら簡単に読めるのでしょうね、優等生さん」

クスリ、とわらった彼女は顔を上げて、さらに僕にこう告げた。

「ずっと優等生やってると疲れない?」
「僕は僕のまま生活してるだけだから、疲れないよ」
「そうかしら?リドルの顔の筋肉おかしくなっちゃうわよ、そんな笑顔でいつづけたら。」
「君は僕の笑顔が嫌いかい?」
「んー、嫌いとかじゃないけれど、でもなーんかいやだわ」
「どうして?」
「自分を見てるみたいだから」

やわらかくわらった彼女は再び本に目を落とした。

「君を?」
「えぇ。世の中をうまーーく生きて行くためには、必要ですもの」

本を読むのを邪魔するように問いかけた僕に、彼女は少し疲れた笑顔で答えた。

「お互い大変ね」
「僕は、別に無理矢理笑顔でいるわけじゃ・・・」
「ふふふ、強情な優等生だわ」

彼女はついに本を読むのをやめて、こちらを見た。

「お互いに、うまーーく世の中を渡って行けるといいわね」
「本当にそう思ってる?」
「ん?」
「たとえば世の中が闇につつまれたとしたら、その世の中を上手く渡っていくために
君自身が闇に染まらなきゃいけない。たとえ正義を貫きたくともね。」
「んー、そもそも正義って何かしらね」

彼女は僕が少し素をさらけ出したのを軽く流して、正義とは何かを考え始めた。


「わたしはさぁ」

ふわふわの髪の毛を耳にかけた彼女は眩しそうに空を見上げる。

「別に世の中がどうなったってかまわないの。光だろうが闇だろうがね。
ただ私が何不自由なく楽しく暮らせるならなんでもいい。別に正義のヒロインになるつもりないし。」
「君って、ちょっと変わってるね」
「そうかなぁ?」

けらけらと笑う彼女は膝を抱えて木によりかかる。

「でも、実際そうじゃない?刺激的で楽しい世界なら、なんでもいいわ」
「じゃあ、たとえば、闇の帝王を名乗る人が現れたら?」
「この魔法界に?」

僕は自分が彼女に何を言ってるのかを理解できなかった。
おもしろそうに笑って僕をみつめる彼女に、僕はどんどん仮面を剥がされていく。
要らぬことを言ってしまった、と思った僕は口を閉じたが、彼女はまだおもしろそうだ

「今の世界よりはいいかもね!なんか刺激的な気がする!!」

まるでおとぎ話を聞いているかのように、彼女は目をキラキラさせて笑った。
木に背を預けている彼女の前にしゃがんで、その眩しい笑顔を見つめる。






「じゃあ、僕がその"闇の帝王"になるって言ったら?」






僕はちょっとした賭けをしてみることにした。
いつでも忘却術をかけられるように、ポケットの中では杖を握りしめている。

彼女は予想通り、驚いた顔をした。
あぁ、僕は賭けに負けたか。
杖をポケットから出そうとしたとき、彼女の表情はまたキラキラした笑顔に変わり、
僕はポケットの中で杖を取り落しそうになった。





「それって素敵ね!優等生が闇の帝王になるなんて、きっと歴史書に乗るわ!」

けらけらと笑う彼女に僕は呆気にとられた。

「ねぇねぇリドル」


彼女は木に預けていた背を起こして、僕と視線を合わせてしゃがむ。
その目はさっきとは比べ物にならないくらいキラキラとしていた。






「もしあなたが闇の帝王になって、このくっだらない世界を変えるときは
私もあなたの仲間に入れてよ!ちょーーーーたのしそう!!!」











そして君は僕の隣に




(世界なんかすぐに手に入れてやるから)
(だからずっと二人でいよう)

2010.2.20 shelly