発作 


私はひとつだけ、彼より年をとっている。




ホグワーツにいたころはそんなこと気にしなかった。
授業以外はずっと一緒に居た。
食事をとるのも、図書館へ行くのも、談話室で笑うのも、いつも一緒だった。
寂しい時や辛い時、何か悲しくなった時にはいつも彼が私の隣で笑っていて、
どうしたんですか、先輩らしくない、なんて言いながらも背中をさすってくれていた彼

でも私が卒業した今、私と彼との間には物理的な距離がある。
それだけならまだしも、私が一切口出しのできない世界に彼はもうほとんどどっぷり浸かっていて
あと1年もすればきっと、物理的な問題以外の何かが私と彼を遠ざけるだろう。



好きだよ、なんて言えなかった。

だってこれが好きなのかわからなかったし、一緒に居るからといって好きなわけじゃない気もした。
彼の、レギュラスのことはたぶん誰よりも大切だったし、きっと彼も私を嫌ってはなかったとおもう。
でもそれより先の彼の気持ちなんて私にはわかるわけもなくて、
ただただ、毎日を二人仲良くすごしていただけだったし、それが心地よかった。

お互いに歩み寄らない分、埋まらない距離。
だけど歩み寄ることによって生まれる摩擦は起きない。

心地よくて、心苦しい距離。









私が卒業して、もうすぐ1年になると言う時に届いたレギュラスからのふくろう便。
1年という歳月の間で忘れかけていた 気持ち が蘇る。

"さんへ"

落ち着いた彼の字が私の名前を綴っているだけで、じんわりと目頭が熱くなった。

"お元気ですか。僕はまぁまぁ元気にやっています。今日まで手紙を出さなくてごめんなさい。
来る20日、僕は私用であなたの住むトゥールーズを訪れます。

R・A・B"



私は大急ぎで部屋のカレンダーをめくった。


「昨日、じゃん・・・・・」


もう一度、手紙に目を通すが読み間違いはしていない。
レギュラスが時間を間違えるはずなど無いのに、と肩を落とす。







今まで会わなくても平気だった。
最初は寂しいと思ったけれど、だけど時間がたつにつれて私は自分の生活を楽しんでいたし
きっと彼も残り1年をホグワーツでたのしく過ごすのだろうとおもっていたからだ。

それでもやっぱり心の片隅に"レギュラス・ブラック"という男は存在していて、
誕生日とクリスマスにはカードを送った。
彼からの返事はなかったけれど、別に傷つきもしなかった。
昔だって彼からの返事をもらったことはなかったのだから。

ただ、近くにいたから、直接ありがとうの言葉を貰ってはいたけれど、
こうも遠い存在になってしまえばそれも不可能なわけで、これが当たり前なのである。






「レギュ・・・・・」






それでも字を見るだけで発作の様に私の心をギリギリと締め上げる寂しさ。
会いたい、と心の底から思うのに会えない苦しさ。
彼が今何をしているのか、何を思っているのかさえわからないむなしさ。

いつも一緒にいたから気付かなかったけれど、きっと、たぶん、わたしは、彼がいないとだめなのだ。





地平線の向こうに太陽が消えても、彼は現れなかった。





卒業式の後、彼はまた私に会いたいと言った。
あの時、私は彼の頭をクシャっと撫でて、「わたしもだよ」と囁いた。

その気持ちに偽りはなかったけれど、彼、は?









悲劇のヒロインの様に、手紙をクシャリと握りしめて、涙でぼろぼろにしたかった
どれだけ私が苦しんで、悲しくて、彼に会いたいかを表したら、彼が来てくれるような気がしたから
まるで王子様の様に、「先輩、ばかじゃないですか」とか言いながら、きっと。


だけど実際の私はそんなことできるはずもなくて、
涙をこぼしそうになりながらも、手紙を綺麗に封筒にしまい、机の引き出しに大事に入れた後
可愛げもない嗚咽を漏らして一人涙に濡れた夜を迎えることにした。




きっと当時も今も、私は彼が好きなのだと思う。
ホグワーツにいたころ、彼に好きだと言える女の子が羨ましかった。
そして今は、彼に好きだと言える勇気をもっていない。

どちらにせよ、私はこの脆い関係が崩れ去ってしまうのが怖い。
きっとその言葉をレギュラスも望んでいないだろうと思うことにしている。




気付かない間に広がっていた距離
私と彼の間には確実に深くて広い溝があって
思いはもう届かないのだとわかってはいるけれど

それでも心が"会いたい"と悲鳴を上げる様はまるで



発作




(誰か特効薬を!)
(鍋も杖も薬草もいらない)
(ただあなたがいればいいだけなのに)



2010.2.21 shelly