雪と共に 



「私、雪が好きだわ」

「真っ白で」

「何にも染まってない」

「ひんやりとした、雪が好き」



そう、彼女は言っていた。



「雪なんていつでも降らしてやる」


と言ったら


「冬の寒い朝に突然降ってくる雪が、好きなの」

「雪が降ってくることで、一気に冬だなって、感じられるから」



そう、彼女は言っていた。

















あれから何年たっただろう?
もう彼女―――の前には現れまいと、決めたあの日から。

愛など知らないし、知ったところで邪魔になるだけだ。
無駄なものは全て捨て去って、進むべき道のみを見据えれば良い。
心などないし、そんなものはあったところで余計な情を生むだけなのだから。



今年はまだ、雪が降らない。
それはこちらにしてみれば好都合なことである。


―――…」

心も何もかも捨てたはずなのに、ふと気がつけば呟くその名前。
過去など役に立たない。先に進むことにこそ意味があるのだから。

それでもまだ、目を閉じれば過去の情景が目に浮かぶのだから、笑えてくる。



"ねぇヴォル、貴方は卒業したら、どうするつもり?"
"ノクターンの小さな店で働くことにするよ"
"ふーん、そうなの"
"、君は?"
"私?私は…縁談の話が……来てる。"
"ふん、お前を貰ってくれる男がいるのか"
"失礼ね、いつもいつも"
"事実を述べたまでだ"
"でもね、実はその縁談を受けるか迷って…"
""
"ヴォル、人の話は最後まで…"
"僕たちは、もう、会えない。この先ずっとね。"
"…"
"君はその相手と結婚して、幸せになればいい"
"…"
"僕は、やらねばならないことがあるんだ"

そう言った時には、彼女はもう、そこにはいなかった。
しだいにあたりは暗くなり、何も見えなくなる




―あの時の決断に間違いはない。
―あいつとかかわりを持ち続けて何のメリットがある?
―学校の勉強はそこそこできたが、それが何のプラスになる?
―必要なのは、力のみ


この回想と自問自答は幾度となく、夢の中で繰り返される。







ゆっくりと目を開ける。
随分と椅子に背中を預けたまま、眠ってしまっていたようだ。

窓の外を見れば、辺りはもう真っ暗だったが、チラチラと白いほこりのようなものが見える。




「雪…か?」
「雪よ」



独りでに呟いたその言葉を待っていたかのように、続けて返される言葉。
幾度となく夢の中で聞いた、やわらかい声に振り返る。



…?!」



彼女は返事をすることなく、自分との距離をつめた。
あの頃から変わらない背丈の彼女のために、視線を少し落としてやる。



「印を刻んで」
「何をばかな…」
「この数年間で私は勉強しなおしたわ。あなたの力になるために。」


さぁ、と腕を差し出す彼女の顔は、あの頃より少し大人びていた。



「私は貴方と一緒に居たいって、あの時、本当は言うつもりだったわ」

少し唇を震わせながら言葉を紡ぎだすに、心が激しく揺れる。

「でも貴方、話を最後まで聞かないんですもの。」
、「私ね」」

言葉を遮り、もう一歩、近づく
その瞳はいつになく揺れ動いていて、自然に彼女を抱きしめる

「貴方の力になれるかわからないけれど、マイナス要素にはならないようにするから」
「わかった」
「貴方がいない数年間で、ものすごく頑張ったから」
「わかった」
「だからお願い、傍にいたいの」
…」



雪のように真っ白な肌に伝う一筋の涙をすくってやると
あの頃のからは考えられないくらいの力強い目が自分を貫いた

そして、まるでそうすることが決まっていたかのように、キスを落とす。





過去になどすがらない、
愛など知らない、
心などとうに捨てた、

はずだったのに



求めるものは過去のぬくもり。






いつもそうだった。
学生のあの頃も、今も、気がつけばを求めていた。

からっぽだった心を、これが心だと教えてくれた
なんだかわからない熱いものを、これが愛だと教えてくれた
何か足りないと思うことを、これが寂しいという気持ちだと教えてくれた


雪のように白いはいつの間にか、
真っ暗闇の僕の心を、僕を溶かしていたのだ。



彼女は冬のある日に、突然やってきた。



雪と共に


(心を溶かして、愛を教えてくれた君は)
(決してマイナス要素なんかじゃあないんだ、と)

2010.2.2 shelly