狡猾な君 





「あなたの紅い眼が好き。キラキラしていてルビーみたい」
「でもあなたの笑顔は嫌い。冷たくて感情がないみたい」
「あなたって人形みたいな人ね」


一気にそう告げた彼女はふわりと笑う。
僕は言葉をなくして彼女を見据えた。
おそらくあのとき、僕は彼女を無意識に睨んでいたと思う。



「授業に遅れるわよ、優等生さん」
そう囁いた彼女は軽やかな足取りでひんやりとした石段を駆け上がっていった。

ダンブルドアを除くすべての人々が僕の本質を見抜けなかったのに
あまり言葉を交わさない同寮の子に一発で見抜かれた。
見抜かれたことじゃなくて、どう見抜いたかが知りたかった。

あれから、僕は幾度となく彼女を手の内にいれようと奮闘したが、
雲のようにしゅるりと音を立てて、ことごとく僕の手を難なくのがれる彼女に
いつからかものすごい執着心を持つようにさえなっていた。
たいていの女なら、甘い言葉をささやけばころりと手に堕ちるのに
この女、だけは手に入る気がしなかったのだ。

手に入らないものは手に入れないと気が済まないという性分、
それが、僕を突き動かしていただけだったのか。



しかし、捕まえようとしても捕まえられない彼女は、結局卒業しても捕まらなかった。
時には強引に、力づくで手にいれようとさえした彼女は、ふわりと笑うだけで

「残念だけど、私はそう簡単には手に入らないわよ」

そう言って、魔法省へ就職したのだ。
その後の彼女を僕は知らない。
















月が煌々と光る中、ヴォルデモート卿は部下2人と事を済ませ、ノクターンの街を歩いていた。
石畳を早足で歩いていると、目の前に一つの影が立ちはだかる。

「我が君、ここは私が」

そう言って杖を抜いた部下を横目で見、目前に立つ人物をじろりと見た。
フードの中から見え隠れする金のふわふわとした毛、透き通るような白い肌、薔薇色の唇

「名を言え」
部下が発した言葉に、目前の女は口元をニヤリと曲げてみせる。
見たことのある、口元。

「お久しぶりね、リドル。・・・・今はヴォルデモート卿かしら」

ノクターンの街には似合わない、柔らかい声がする。
フードをゆっくりと脱いだ女は、さも愉快だといわんばかりの笑みをこぼした

「貴様!名前を口にするな!」
「やめろ」

勢いづいた部下を制止する。

「ふふふ、大願成就まであと一歩、というところかしら?」
「何しに来たんだ、
「覚えていてくれたの?」

くすり、と笑う彼女の顔は月の光に照らされて更に白く見えた。

「私、今、闇払いっていうお仕事してるんだけど、ご存じ?」
「ふん、スリザリンを出て闇払いとはお笑い草だな」
「ふふふ、そうね。私の同僚たちは血眼であなたをさがしてるわよ、ヴォルデモート」
「そしてお前もその一派か」
「そう言われれば、そうかもね」
「俺を殺したいんだろう?闇払いの
「あなた、主席だったくせに、意外と察しが悪いのね」

いたずらに笑う彼女は一歩、僕に近寄る。
部下二人は物騒にも杖を彼女に向けるが、それに怯むような女ではないことはわかっている。

「私がなぜ、闇払いになったと思う?」

スリザリンに組分けされていた私が、と呟く彼女の目はきらりと光った。

「あたしはね、あなたのやることを、一度遠巻きから見ておきたかったのよ。
学生時代から今までのあなたを私は"第三者的目線"で見ることができて、楽しかったわ。」

ブルーの双眼は僕の目を捕らえて離さない。
はまたもや口角をニヤリ、と上げた。

「でももう、それにも飽きちゃった。だから、ねぇ、混ぜてよ。」
「何を言ってる?」
「だから、あなたがやってる"世界規模のマグル狩りゲーム"に、混ぜてってこと」

正直このセリフには驚いた。
彼女は学生時代からそこまで悪に染まったやつではなかったはずなのだ。

「ねぇヴォルデモート、あなた、結局最後まで私の仮面を剥げなかったわよね?
そして捕まえることさえできなかった。・・・・悔しくない?」
「お前・・・・」

感情に身を任せて杖を彼女の喉に押しやる。
それでもは笑顔のままだ。

「ねぇ・・・リドル。そろそろ私、捕まってあげようかと思ってきたの」
「その名を言うな」
「ふふふ、おいかけっこはもう終わりにして、一緒にゲームしましょうよ」


そう言った彼女は腕を前に突き出した。


「ほら、印、入れていいからさ」
「本気か」
「本気よ。なんのために魔法省なんかに就職して闇払いになったとおもってるの?」





敵としてでもあなたのこと、見ていたかったからなの、わからない?
そうほほ笑んだ彼女の腕に、僕は気がつけば杖を突き立てていた。

真っ白い肌に黒い印がやけに際立つ。



そして彼女はあの頃と変わらないふわりとした笑顔でこう言ったのだ

「ゲームに勝つためには、"愛"が必要なのよ?だから私が、それをあなたにあげるわ」






ずっと手に入れたかった彼女は
渇望していた「愛」という邪魔な手土産を持って
僕の前に現れた





狡猾な君




(どんな手を使ってでも手に入れたかった彼女は)
(予想だにしなかった再会を経て)
(どんな手を使ってでも僕の隣にいたいと言った)


2010.2.11 shelly